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僕が休みを取る理由

旅館を始めてから、もう何年間も自分の休みというのは取っていませんでした。

それは、旅館の仕事はハレの日に働く、一般の人が休んだり、リフレッシュしたりする日が、私たちの仕事だからというのが一番大きな理由だと思います。

たまに気晴らしで休みをとったところで、家にいても妻は毎日のように家事をこなしており、多少それを手伝ってみたところで、当の本人は自分は今日は休みと決めているのだから、家事の手伝いは中途半端になり、どうやって休もうか考えはしてみても、一人で何をするという事もなく、早くから酒を飲んで夕方には酔いつぶれて温泉にでも入って、子供たちには何で今日はパパは家にいるんだろうと不思議に思われているうちに1日が終わるという、そんな休みを年に二度、三度取るくらい。その内、そんな休みさえ取る事なく、もう何年も休まず働いてきました。

と言っても、旅館の仕事が他の仕事に比べて休みを取らない理由はもう一つあり、仕事場の雰囲気がすでの休みの日の雰囲気なんです。ハレの日の仕事はとても楽しい仕事です。お客様を幸せにするのが自分たちの仕事、そのためには自分たちが幸せでいるというのがその前提条件になります。

わたしが従業員研修の時によく言うのは「私たちは年収300万円から多くても400万円程度の仕事、にも関わらず年収1000万円やそれ以上の人たちを幸せにするのが仕事、お客様を幸せにするには、自分たちはお金がなくても幸せになれるための心を養う事、それが私たちの一番大事な仕事です」と。

新入社員にとっては何だか腑に落ちない、この仕事を頑張り続けるべきなのか否か、腹をくくって働いていいのだろうか、まるでこの仕事についた自分は一生報われないと言われているんじゃなか、そんな気持ちで始まるような職業です。

それでも入社して働いてみるとこれほど面白い仕事はないと思えるのが旅館です。目の前には、美味しい食事、綺麗な施設、幸せそうなお客様があります。たまにはそんな食事をただで食べられる事があったり、普通の職場とは比べ物にならないくらい綺麗な場所で時間を過ごせて晴れやかな気持ちでいられます。幸せそうなお客様に共感して、自分たちも幸せな気分も味わえます。考え方と工夫によっては、毎日がお祭りのようにも見えなくはありません。

というのもあって、休みが少なく、労働時間が長く、給料も少ない職業ではあるのですが、ある一定の方々がここで一生を終える羽目になってしまうのですが、僕も含めそれはそれで幸せな職業と思って働いています。

そう言えば、休みについての話しをしていたのについつい他の話しに逸れてしまっていました。旅館業をやっていると休みを取ってどこかへ行ったとして、さほど感動がありません。自分の働いている旅館がよければよいほど、食事の美味しさや、施設の美しさには慣れてしまっています。自分のサービス力が高ければ、ついつい遊びに来ているはずのお店のスタッフに逆にサービスしてしまい、働いているより疲れて帰る羽目になる事もしばしばです。そう、だから余計に休まず働くという習慣になっていたという話しです。

20年も休む習慣なく働いていて分かった事が一つあります。それは、休みが必要だという事でした。これだけ休まず働いていると、一気に休みの必要性について分かる瞬間が来ます。ふわっとした綿を、どれだけ小さく小さく固めても、決してなくならないその小さな塊がその理由としてそこには凝縮されています。

その凝縮された綿を顕微鏡を使って見てみると、そこには「周りの人を大切にする日」と書かれていました。

だから、いい旅館にいくと、客室に便箋と筆が置いてあるんだと気がつきました。

今度から自分の旅館の客室には、かわいい便箋と、湯郷温泉に住むガラス作家の岡本くんが作ったガラスの万年筆とインクを置くことにしようと思います。

大事な人に手紙を書こうと思います。メールをしようと思います。わたしがあなたをどれだけ大切に思っているかという気持ちを伝えるために。それが自分を大事にするという事に、きっと繋がるんだと思います。